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月経前症候群(PMS)との上手な付き合い方

はじめに:「毎月のことだから…」と、ひとりで我慢していませんか?

生理が近づくと、決まって心や体に不調があらわれる。

  • わけもなくイライラして、つい家族やパートナーにきつく当たってしまう。
  • 突然、深い悲しみに襲われて涙が止まらなくなる。
  • 体が鉛のように重くだるく、頭痛や腹痛で何も手につかない。
  • 普段ならなんてことない仕事のミスを連発したり、集中力が続かなかったりする。

そして、生理が始まると、まるで嘘のようにそれらの症状が消えていく…。

もし、あなたがこのような経験を毎月繰り返しているのなら、それは決してあなたの「気まぐれ」や「気のせい」、「我慢が足りない」からではありません。その不調は、「月経前症候群(PMS)」という、医学的に認められた「病気」のサインかもしれません 。  

このPMS、実は特別なものではなく、生理のある日本人女性の約7~8割が、月経前に何らかの症状を感じていると言われています 。しかし、その辛さはなかなか周囲に理解されにくく、「女性なら当たり前」「我慢すべきもの」といった思い込みから、多くの女性がひとりで痛みに耐えているのが現状です 。  

でも、もう我慢する必要はありません。

この資料は、あなたがご自身の心と体に起きていることを正しく理解し、あなたに合った対処法を見つけるためのお手伝いをします。PMSの正体を知り、適切に対処することで、つらい時期を乗り越え、あなたらしい穏やかな毎日を取り戻すことは十分に可能なのです。

1. PMSって、いったい何? ~あなたの不調の正体~

まずは、PMSがどのようなものなのか、基本から知っていきましょう。

PMSの正体と、200種類以上の症状

PMS(Premenstrual Syndrome)とは、日本産科婦人科学会によって**「月経前、3~10日の間続く精神的あるいは身体的症状で、月経開始とともに軽快ないし消失するもの」**と定義されています 。  

ポイントは、「生理前に始まり、生理が来ると楽になる」という周期的なパターンです。

その症状は非常に多彩で、なんと200種類以上あるとも言われています 。人によって症状の出方はさまざまで、同じ人でも月によって違う症状に悩まされることもあります。  

あなたの症状はどれに当てはまりますか? 代表的な症状をチェックしてみましょう。

【心のサイン】

□ わけもなくイライラする、怒りっぽくなる  

□ 気分がひどく落ち込む、憂うつになる  

□ 突然悲しくなって、涙もろくなる  

□ 不安や緊張を感じやすい  

□ 集中できない、ぼーっとしてしまう  

□ 何もやる気が起きない、無気力になる  

□ 社会から孤立したように感じる、人に会いたくない  

【体のサイン】

□ 下腹部が張る、痛む  

□ 腰が重い、痛い  

□ 頭がズキズキする、重い(頭痛)  

□ 胸が張って痛い  

□ 体がむくむ、体重が増える  

□ 体が鉛のようにだるい、疲れやすい(倦怠感)  

□ とにかく眠い(過眠)、または眠れない(不眠)  

□ ニキビや肌荒れが悪化する  

□ 甘いものや塩辛いものが無性に食べたくなる(過食)  

□ 吐き気、便秘、下痢  

□ めまい、動悸  

これらの症状の辛さは、ご本人にしか分かりません。ある調査では、PMSの苦しさを「お腹にフォークをグサグサ刺されている感じ」「人生がとことん嫌になって世界の終わりのような気持ちになる」といった言葉で表現する女性もいました 。あなたが感じている辛さは、決して大げさなものではないのです。  

特に心の不調が重い「PMDD」

PMSの中でも、特にイライラや気分の落ち込み、不安といった心の症状が非常に強く、日常生活や人間関係に深刻な支障をきたしてしまう状態を「月経前不快気分障害(PMDD)」と呼びます 。  

PMDDは、アメリカの精神医学会では「うつ病」の仲間として分類されている、専門的な治療が必要な精神疾患です 。PMDDが疑われる場合は、婦人科だけでなく、心療内科や精神科での相談も選択肢となります。  

2. なぜ、こんなに辛いの? ~PMSが起こるメカニズム~

では、なぜこのような辛い症状が、生理前になると決まって現れるのでしょうか。

原因はまだ完全には解明されていませんが、現在の医学では「女性ホルモンの急激な変動」と、それに伴う「脳内の神経伝達物質の乱れ」が大きく関わっていると考えられています。

① 引き金は「ホルモンのジェットコースター」

女性の体の中では、約1ヶ月の周期で「エストロゲン(卵胞ホルモン)」と「プロゲステロン(黄体ホルモン)」という2つの女性ホルモンが、まるで波のように増えたり減ったりを繰り返しています。

特に、排卵後から生理が始まるまでの期間(黄体期)の後半に、この2つのホルモンが急激にガクンと低下します。このホルモンの急降下、いわば「ホルモンのジェットコースター」が、PMSの引き金になると考えられています 。  

重要なのは、PMSの症状がある人とない人で、ホルモンの量自体に差はないことが多いという点です 。つまり、問題はホルモンの異常ではなく、  

正常なホルモンの「変動」に対して、あなたの脳が人よりも敏感に反応してしまう体質にある、と考えられているのです。

② 脳の中で起きている「司令の混乱」

ホルモンの急激な変動という指令を受けると、脳の中は大混乱に陥ります。特に、私たちの気分や感情をコントロールしている「神経伝達物質」の働きが不安定になってしまうのです 。  

  • セロトニン(通称:幸せホルモン)の減少 気分を安定させ、幸福感をもたらすセロトニンが、ホルモンの急降下とともに減少してしまいます 。これが、PMSの代表的な症状である   気分の落ち込み、イライラ、不安感、そして甘いものへの渇望などを引き起こす大きな原因と考えられています。
  • GABA(通称:リラックス物質)の乱れ 脳の興奮を鎮め、リラックスさせる働きを持つGABAの機能も、ホルモンの影響で乱れがちになります 。これにより、   不安感や緊張感、イライラが増してしまうことがあります。

③ 症状を悪化させる要因

このような生物学的なメカニズムに加えて、以下のような要因が重なると、PMSの症状はさらに悪化しやすくなります。

  • ストレス:仕事や家庭、人間関係のストレスは、ホルモンや自律神経のバランスをさらに乱し、症状を悪化させます 。  
  • 生活習慣の乱れ:睡眠不足、不規則な食事、運動不足なども、心と体の不調を増幅させます 。  
  • 性格:真面目で完璧主義、我慢強い性格の人は、知らず知らずのうちにストレスを溜め込み、症状が強く出やすい傾向があるとも言われています 。  

3. まずは自分を知ることから ~現状把握とセルフチェック~

効果的な対策を立てるためには、まず「自分の不調のパターン」を客観的に知ることが何よりも大切です。そのために、ぜひ「症状日記」をつけてみてください。

「症状日記」のススメ

これは、医師が診断を下す上でも非常に重要な情報源となります 。手帳やノート、スマートフォンのアプリなどを活用して、最低でも2ヶ月(2回の生理周期)記録してみましょう。  

【記録する項目】

  1. 日付
  2. 生理の有無(始まった日、終わった日、経血の量など)
  3. 心と体の症状(どんな症状が? どのくらいの強さだったか? 例:イライラ度3/5、頭痛あり、など)
  4. 生活上の出来事(特にストレスを感じたことなど)

この日記をつけることで、「やっぱり生理前に調子が悪くなるな」「この時期はイライラしやすいから、大事な予定は入れないようにしよう」など、不調の波を予測し、事前に対策を立てることができるようになります。それだけでも、心はずっと楽になるはずです。

PMS? それとも他の病気?

症状日記をつけてみて、不調が「生理前に始まり、生理が来ると楽になる」という周期性と一致すれば、PMSの可能性が高いです 。  

もし、生理が終わっても不調が続く、あるいは生理とは関係なく症状が現れる場合は、うつ病や不安障害、甲状腺の病気、子宮内膜症といった、別の病気が隠れている可能性(月経前増悪:PME)もあります 。自己判断はせず、必ず医師に相談してください。  

4. あなたに合った対処法を見つけよう ~治療とセルフケアの選択肢~

PMSの治療は、一つの特効薬があるわけではありません。まずはご自身でできるセルフケアから始め、それでも辛い場合にはお薬の力を借りるなど、段階的に、そしてあなたに合った方法を組み合わせていくことが基本です。

ステップ1:自分でできることから始めよう【セルフケア】

生活習慣を見直すことは、すべての治療の土台となります。少し意識するだけで、症状が和らぐことも少なくありません 。  

① 食事の工夫:「何を食べるか」で体は変わる

  • 積極的に摂りたい栄養素
    • カルシウム・マグネシウム:神経の興奮を鎮め、イライラや気分の落ち込みを和らげます。乳製品、小魚、大豆製品、ナッツ、海藻類に豊富です 。  
    • ビタミンB6:気分の安定に関わるセロトニンの生成を助けます。マグロやカツオなどの赤身魚、鶏肉、バナナなどに多く含まれます 。  
    • 大豆イソフラボン:女性ホルモンと似た働きで、ホルモンの影響を穏やかにします。豆腐、納豆、豆乳などを積極的に摂りましょう 。  
    • 複合炭水化物:白米やパンを、玄米や全粒粉パンに置き換えてみましょう。血糖値の急な変動を防ぎ、気分の浮き沈みを抑えます 。  
  • なるべく控えたいもの
    • カフェイン、アルコール、タバコ:神経を興奮させ、イライラや不安を悪化させることがあります 。  
    • 砂糖、お菓子、加工食品:血糖値を急激に上げ下げさせ、気分の変動を招きます 。  

② 運動のすすめ:「体を動かす」と心も軽くなる

つらい時に運動なんて…と思うかもしれませんが、ウォーキングやストレッチ、ヨガなどの軽い有酸素運動は、PMSの改善にとても効果的です 。  

運動をすると、脳内で「エンドルフィン」という幸福感をもたらす物質が分泌され、気分がリフレッシュします 。また、血行が良くなることで、むくみや痛みの緩和にも繋がります 。  

③ リラックスと睡眠:「休む」ことも大切な治療

  • 質の良い睡眠:睡眠不足はすべての症状を悪化させます。毎日なるべく同じ時間に寝起きするなど、生活リズムを整えましょう 。  
  • 自分をいたわる時間:ぬるめのお風呂にゆっくり浸かる、好きな香りのアロマを焚く、心地よい音楽を聴く、趣味に没頭するなど、意識的にリラックスする時間を作りましょう 。  

ステップ2:辛いときは我慢しない【薬による治療】

セルフケアを試しても症状が改善しない場合や、日常生活に支障が出るほど辛い場合は、我慢せずに専門家の力を借りましょう。お薬は、あなたの辛い時期を乗り越えるための、心強い味方になってくれます。

① 漢方薬:体質から整える

漢方薬は、個々の症状だけでなく、その人の体質(「証」といいます)に合わせて処方されます 。冷えやすい、疲れやすい、イライラしやすいなど、あなたの全体的なバランスを整えることで、症状を根本から和らげていきます。  

  • 加味逍遙散(かみしょうようさん):疲れやすく、イライラや不安など心の症状が強い方に 。  
  • 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):冷え性で貧血気味、むくみやめまいが気になる方に 。  
  • 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん):比較的体力があり、のぼせや下腹部痛など、血の巡りの滞りが気になる方に 。  

② 低用量ピル(OC/LEP):ホルモンの波を穏やかにする

低用量ピルは、排卵を一時的に止めることで、PMSの引き金となる女性ホルモンの急激な変動そのものをなくしてしまうお薬です 。ホルモンの波が穏やかになるため、PMSの様々な症状の改善が期待できます。  

特に「ヤーズ」「ヤーズフレックス」といった種類のピルは、PMSやPMDDの症状改善に高い効果が認められており、むくみにも効きやすいという特徴があります 。  

月経困難症(ひどい生理痛)の治療薬として保険が適用される場合もあります 。  

③ 抗うつ薬(SSRI):脳に直接働きかける

特に気分の落ち込みやイライラ、不安といった心の症状が重いPMDDの治療では、第一の選択肢となるお薬です 。  

脳内のセロトニンを増やすことで、乱れた感情を直接的に安定させます 。うつ病の薬と聞くと不安に思うかもしれませんが、PMDDの治療では、症状が出る生理前の期間だけ服用する方法もあり、医師の指導のもとで安全に使用することができます 。  

④ その他の選択肢

  • ハーブ(チェストベリー):ヨーロッパで古くからPMSの治療に使われてきたハーブです。ホルモンバランスを整える作用が報告されており、日本では「プレフェミン」という名前の医薬品として薬局でも購入できます 。  
  • 対症療法:頭痛には痛み止め(鎮痛剤)、むくみには利尿剤など、今出ている辛い症状をピンポイントで和らげるお薬を使うこともあります 。  

5. どこに相談すればいいの?

「自分の症状は、どこに相談に行けばいいんだろう?」と迷う方も多いと思います。

  • 婦人科 身体の症状(痛み、張り、むくみなど)と心の症状が混在している、一般的なPMSの相談に適しています。低用量ピルや漢方薬の処方など、幅広い治療が受けられます 。  
  • 心療内科・精神科 気分の落ち込みや怒り、不安といった心の症状が特に辛い、PMDDが疑われる場合に適しています。SSRIによる治療や、専門的なカウンセリングを受けることができます 。  

どちらを受診すべきか迷う場合は、まずはあなたが話しやすいと感じる科を受診してみてください。必要に応じて、医師が適切な専門家を紹介してくれます。婦人科と精神科が連携して治療にあたることも珍しくありません 。  

おわりに:あなたらしい毎日を取り戻すために

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

月経前症候群(PMS)は、あなたのせいではありません。それは、女性ホルモンと共に生きる多くの女性が経験する、治療可能な医学的な状態です。

大切なのは、「我慢しないこと」「ひとりで抱え込まないこと」です。

まずはご自身の心と体の声に耳を傾け、セルフケアを試してみてください。そして、もし症状が辛いと感じたら、ためらわずに私たち専門家を頼ってください。

あなたに合った対処法を見つけ、辛い時期を上手に乗り越えることで、もっと快適で、もっとあなたらしい毎日を送ることができるはずです。そのための第一歩を、今日から踏み出してみませんか。