はじめに
仕事や学校、家庭でのストレスが積み重なり、「環境になじめない」「不安で押しつぶされそう」といった症状が現れる適応障害。 医学的には近年、「適応反応症(てきおうはんのうしょう)」という名称に変更されつつありますが、本記事では一般的に馴染みのある「適応障害」という言葉を使って解説していきます。
早く元気になりたいのに、焦れば焦るほど深みにはまってしまう……そんな苦しい経験をされている方は少なくありません。
今回は、2024年に発表された最新の医学文献(精神科治療学 第39巻)に掲載された、慶應義塾大学の佐渡充洋医師による論考『適応障害におけるマインドフルネス認知療法』を参考に、薬だけに頼らない心のケア「マインドフルネス」について、分かりやすく解説します。
適応障害の正体は「感情の渦」
適応障害の症状は人それぞれですが、なかなか良くならないケースには、ある共通点があります。 佐渡医師は論文の中で、適応障害が長引く背景にある心理的メカニズムを、「不快な感情に飲み込まれてしまっている状態」と仮定しています。
例えば、職場や学校でうまくいかないことがあったとき、心の中でこんな言葉がグルグルと回り続けませんか?
- 「早く環境に慣れなきゃ」という焦り
- 「なんであの人は分かってくれないんだ」という怒り
- 「自分はなんてダメなんだろう」という落胆
こうしたネガティブな感情が、まるで巨大な渦のように心の中で暴れまわり、その渦の中にどっぷりと浸かってしまって身動きが取れなくなっている状態。これが、適応障害で苦しんでいるときの心の内側です。
この「感情の渦」の中にいる限り、冷静に周りを見たり、適切な解決策を考えたりすることは非常に難しくなります。そこで有効なのが、今回ご紹介する「マインドフルネス」です。
マインドフルネスとは?
マインドフルネスには様々な定義がありますが、医療の現場では一般的に以下の定義が用いられます。
「今ここでの体験に気づき、それをありのままに受け入れる態度および方法」 (引用:大谷彰『マインドフルネス入門講義』より)
これは単なるリラクゼーション(くつろぎ)ではありません。自分の思考や感情の癖に気づき、それを修正していくための「心のトレーニング」です。
では、具体的にどうすれば「感情の渦」から抜け出せるのでしょうか? ここで、論文内で紹介されている非常に分かりやすい「滝のメタファー(比喩)」を使ってご説明します。
心の仕組みを変える「脱中心化」
マインドフルネス認知療法の最大の目的は、「脱中心化(だつちゅうしんか:Decentering)」というスキルを身につけることです。 少し難しい言葉ですが、佐渡医師はこれを「滝」の写真を用いて以下のように説明しています。
1. 滝の「真下」にいる状態(適応障害の状態)

想像してみてください。あなたの目の前に激しい「滝」があります。この滝の水流は、あなたを苦しめる「不安・焦り・怒り」そのものです。
もし、あなたが滝の真下(落下点)に立っていたらどうなるでしょうか? 激しい水流に打たれ続け、息をするのも苦しく、「冷たい!痛い!苦しい!」という感覚に圧倒されてしまいます。 「どんな滝なのか?」を観察する余裕など全くありません。
これが、感情に飲み込まれ、自分と感情が一体化してしまっている状態です。
2. 滝の「裏側」にいる状態(脱中心化)
では、そこから一歩下がって、滝の裏側や、少し離れた岸辺に移動できたとしたらどうでしょう。 滝の激しさ自体は変わっていません。しかし、水流はもうあなたを直接打ち付けません。
あなたは目の前の激しい滝を見て、こう思うことができます。 「うわぁ、すごい激しい流れだなあ」 「水しぶきがすごくて、なんだか荒れているなあ」

これが、自分の感情や思考を一歩引いて観察している状態、すなわち「脱中心化」です。
視点が変われば、心は楽になる
この「滝を観察する人」の視点を持つことができれば、心の中にネガティブな感情が渦巻いていても、それに巻き込まれずに済みます。
- 滝の真下にいるとき(以前) 「なんでこんなに不安なんだ! どうにかして消さなきゃ!」
- 滝を眺めているとき(マインドフルネス) 「ああ、今の自分は『どうにかならないか』と焦っているなあ」 「不安な気分が溢れかえっているなあ。今はそういう状態なんだな」
このように、つらい気持ちを「自分そのもの」ではなく、「心の中を流れていく出来事(滝の水)」として客観的に眺めること。この視点の転換こそが、回復への鍵となります。
実際のトレーニング:どうやって観察するの?
いきなり激しい感情を観察するのは難しいので、マインドフルネス認知療法では、まずは「身体の感覚」を観察する練習から始めます。
論文では、セラピストと参加者の具体的なやり取りが紹介されています。その一部を要約してご紹介します。
参加者:「瞑想中、身体が温かくなった気がしました」
セラピスト:「それは身体のどの部分ですか?」
参加者:「肩のあたりです」
セラピスト:「もう少し詳しく教えてください」
参加者:「ジワっとくるような、重みのある温かさです」
セラピスト:「面白いですね。その後、その感覚はどうなりましたか?」
参加者:「だんだん弱まって、腕の方へ移動した感じがしました」
(参考:精神科治療学 39巻1号 p.42 対話例より要約)
このように、「良い・悪い」の判断をせず、「今、身体のどこで、どんな感覚がして、どう変化したか」を事実として観察します。 この練習を積むことで、身体感覚と同じように、目に見えない「不安」や「思考」も観察できる力が養われていくのです。
マインドフルネスがもたらす「2つの変化」
佐渡医師の解説によると、マインドフルネスによって「脱中心化」ができるようになると、適応障害の回復において大きく2つの良い変化が期待できます。
① 現実的な対応ができるようになる
感情の渦から一歩出ることで、冷静さが戻ります。 「一刻も早く適応しなきゃ!」という非現実的な焦りから、「まあ、そんなに早く慣れるわけないか。時間をかけてやるしかないな」という現実的で適応的な思考へ切り替わりやすくなります。
② 経験の意味が変わる(Mindfulness-to-meaning theory)
さらに興味深いのが、「経験の意味を作り直す」という効果です。 論文では「Mindfulness-to-meaning theory(ガーランドらの理論)」が紹介されています。
これは、マインドフルネスを続けることで、ネガティブな経験に対して肯定的な意味を見出しやすくなるという理論です。 例えば、「周囲に理解者がいなくて辛い」という認識が、「新しい考えが受け入れられないのはどこでも起きうること。その中で少しずつ理解者を増やしていくことは、今後の人生においても意義深い取り組みだ」という風に変化するかもしれません。
つらい経験を「ただの苦痛」で終わらせず、「自分の人生にとって意味のある経験」として捉え直す(再構築する)。これが、環境への適応を強く後押ししてくれるのです。
まとめ:まずは「気づく」ことから
適応障害で苦しいとき、私たちは無意識のうちに「滝の真下」で溺れそうになっています。 もし今、強いストレスを感じているなら、ふと立ち止まって自分に問いかけてみてください。
「今、私は滝の真下にいないだろうか?」
そして、深呼吸をして、自分の中に起きている感情を、ただ「あるがまま」に眺めてみましょう。「ああ、今つらいんだな」「焦っているんだな」と気づくだけで、心はほんの少し、滝の裏側へと移動し始めています。
当院では、こうした医学的根拠に基づいた視点も大切にしながら、患者様お一人お一人の回復をサポートしています。一人で抱え込まず、専門家に相談することも検討してみてください。
参考文献
本記事は、主に以下の文献・論考を参考に、一般の方向けに分かりやすく解説を加えたものです。
- 佐渡充洋:適応障害におけるマインドフルネス認知療法. 精神科治療学, 39(1); 41-45, 2024.
引用・参照文献
- Garland, E.L. et al.: Mindfulness broadens awareness and builds eudaimonic meaning: A process model of mindful positive emotion regulation. Psychol. Inq., 26; 293-314, 2015.
- Kabat-Zinn, J.: Full Catastrophe Living. Delta, New York, 1990.
- 大谷彰:マインドフルネス入門講義. 金剛出版, 東京, 2014.
文責:近藤大貴(医師)

